境内案内
勧修寺の庭園は、平安時代以来と伝わる池泉舟遊式の氷室の池を中心とする池庭と、書院の南に広がる平庭の二つの部分からなります。
周囲の山々を借景した四季折々の自然美と、宸殿造り風の建物がうまく解け合い幽邃閑雅に富んでおります。
庭園内には、重要文化財である「書院」、指定文化財である「本堂」「宸殿」があります。
庭園は「勧修寺氷池園」と呼ばれ「京都市の名勝」に指定されております。庭園の大きさは約20,000㎡です。

1. 本堂
京都市指定文化財
「本堂」は寛文12年(1672年)に、後陽成天皇の孫 寛俊大僧正の灌頂にあたり、その道場として造営されたもので、御所より霊元天皇の仮内侍所を賜って建てられたものです。ご本尊である「千手観世音菩薩」をお祀りしております。この千手観世音菩薩は、醍醐天皇の等身大 五尺三寸(約160㎝)で造られているといわれております。(建物の外からお参りいただけます)


2. 宸殿
京都市指定文化財
「宸殿」は元禄10年(1697年)に、御所より明正天皇の旧殿を賜った建物で、外観は入母屋造り、桟瓦葺の宸殿造り風とし、中央に階段がついております。内部は、十五畳敷の上段の間、十八畳敷の二の間・三の間があり、上段の間には付書院・床・違棚を設ける書院造りとなっております。明治 5 年(1872年)に、京都府に無償提供し、京都府内の郡部では最初の小学校「勧修寺村組合立小学校」を開校させ、その後約 9 年間、勧修小学校の校舎・教室として使用されていました。また第二次世界大戦中には国立病院の分院としても使用されていました。(建物内部は非公開)


3. 書院
重要文化財
「書院」は延宝元年 ~ 3 年(1673 ~ 75年)頃に造営された後西院御所の旧殿を、貞享 3 年(1686年)に御所より賜ったものといわれておりますが、宸殿と同じ明正天皇の旧殿とする説もあります。内部は門跡の御座所である上の間、対面所としての機能をもつ広間、門跡の私室と思われる柳の間などからなっています。上の間の違棚は、世に「勧修寺棚」とよばれ、土佐光起・光成父子の筆と伝える金碧障壁画とともに、門跡寺院の居間の体裁と形式をとどめています。上の間の「竜田川紅葉図」、広間の「近江八景図」の障壁画は、狩野派の筆とする見解もありますが、いずれも17世紀後半制作になるものです。(建物内部は非公開)


4. 勅使門
勅使とは、天皇の勅旨(ご意思)を伝えにくるお使いの方のことです。「勅使門」は、天皇や勅使の方が来られた時に開ける格式の高い門のことです。当寺では庭園拝観の入口として、皆様にお通りいただいております。


5. 観音堂(大斐閣)
観音様をお祀りし、現在の建物は昭和 6 年の再建で「大斐閣」とも呼ばれております。建物は山口玄洞氏より寄進されたものです。


6. 氷室の池
大きな池泉中には、大小三つの島があります。北東のやや小さい島を「集仙島」、中央北よりを「緑鴨島」、南にある島を「方壺島」と呼んでいます。平安時代には、毎年一月二日にこの池に張る氷を宮中に献上し、その氷の厚さによってその年の五穀豊穣を占ったといわれております。天明 6 年(1786年)刊の『拾遺都名所図会』には〝氷室池十五勝〟が描かれています。現在の池の大きさは約6,600㎡です。


7. 勧修寺型灯篭
書院の前庭にある石灯篭は、徳川光圀公による寄進で「勧修寺型灯篭」と呼ばれております。

8. 偃柏槙
灯篭を覆うように生えている「偃柏槙」は、ヒノキ科の常緑灌木で、樹齢750年を超えるといわれております。

9. 修行大師尊像(弘法大師)
修行大師像は、弘法大師(空海)が修行に励まれた若き日のお姿をあらわしています。たゆまぬ精進と、人々を救おうとされた大師の御心を今に伝えております。

10. 四国八十八ヶ所「霊石」巡り
四国八十八ヶ所とは、四国にある弘法大師ゆかりの八十八ヶ寺のことです。そのお寺を順番にお参りする霊場巡りは、お遍路さんとして知られており、全て巡ると願いが叶うといわれております。

11. 五大堂
五大明王(不動明王を中心とした降三世、軍荼利、大威徳、金剛夜叉の各明王)をお祀りし、護摩供養をおこなう場所です。「護摩木」は御朱印所にご用意しております。

12. 千年杉
落雷により枯れてしまい、現在は幹だけが残っております。京都庭園を代表する杉の巨木です。

13. 半月の水盆
書院の縁側にある「半月の水盆」は徳川吉宗公の寄進で、水面に月影を映して月見を楽しんだといわれております。

14. 亀石
亀の姿に似ていることから「亀石」とよばれております。

15. 山桃の老木
主幹は落雷によって二分されたと伝わりますが、両幹とも枯れることなく、樹齢は350年を超えるといわれております。

16. さざれ石

真言宗山階派 大本山